虹になりたい - 1029.06. -

あの夏の日、虹になりたいねと二人で笑った――。












夏前。6月。それは雨の季節。
今日もやはり雨で、湿り気を帯びた空気は気持ち悪かった。


あぁ今更雨なんて降らないでくれ。


もう晴れなくていい。
俺が死ぬまで晴れなくていい。
晴れたら虹が出る。
一緒に願った人はもういないのに。





千佳が死んだ。

俺を残して、死んだ。





月の初め、あんなに笑ってたくせに。
討伐中だって普通に隊長だったくせに。
帰り道だって――。

『昨日が雨ならよかったのにね。そしたら今日も虹が出てたかもしれないのに』

数日前、あいつはそう言って笑った。
その日は、梅雨の合間の綺麗な空が覗いていた。






虹になりたいね、と去年の夏俺たちは話した。

今でも忘れない。
その日は空にとても綺麗な虹が出ていた。

『虹って綺麗だねー』

その日も千佳は笑っていた。

『だな。雨は鬱陶しいけど、その後の虹はなかなかいいな』
『ねぇねぇ、健は何色が見える?』
『赤に…橙、黄色…緑と…青、藍とかか?』

赤を見ると千佳を思い出して、黄色は自分だと思ってしまって、
間の橙色がひどく邪魔に思えた。

『そうだねー赤と黄色の間にはやっぱり橙色があるよねー』

気持ちが通じたかのように千佳が言った。
俺が驚いて千佳のほうを見たら、
千佳はやっぱり?と言いたげに笑った。

『なんか髪の色のせいかな。健が黄色で、あたしは赤って感じがするなぁ』

千佳は赤い髪を短く揃えていた。
一族でもかなり久々らしいその赤い髪は、
血のような嫌悪の沸く赤ではなく、とても綺麗だった。
都を歩けばその奇抜さに奇異の目を向けられることもあったが、
俺は千佳の髪の色が好きだった。

『いてっ』

刹那髪を引っ張られて、俺は思わず声をあげた。
結わえてる俺の髪を、千佳が鷲づかみにしていた。

『しっかしよく伸ばしてるよね。父さんとおそろ?』
『ばっバカ言うなよ』

……本当はそうだ。
髪質とかが大幅に違う気がしたけど、
どこか父と同じところが欲しかった。

千佳も俺も、どちらも父の色はあまり継がず、
同じところを探しても俺の赤い目しかない。
千佳には同じ色の部分はなかった。
だから…と、髪を伸ばし始めた。

『あはは。綺麗だよ』

千佳はあっけらかんと言った。
そう言いたいのはこっちだ……と思いながら、
俺は何も言えなかった。

『でも…そっか。黄色と赤は、混ざったら橙色になるんだ………』

虹を見上げながら、千佳は言った。

『来年の夏も……見れるかな。こんな綺麗な虹』

少し切なそうに言う、その言葉の意味が読み取れて、
なんとも言えない気持ちになった。

1年先なんて、考えたことがない。
考えられない。
考えたくない。

どうせないかもしれない未来なんて、考えたって辛いだけだ。

『バーカ。見れるだろ?』

千佳の頭をぐしゃぐしゃ撫でながら俺は言った。

そんなの関係ない。
きっと、ある。
あってほしい。
虹を、また虹を。

夏の陽の下で二人で。

『なッ何すんのよっ!』
『さっきのおかえし』
『あたしはこんなぐしゃぐしゃにはしてないよっ!!』
『あっはっは。おまえ髪短いからどうせすぐ――――』

手にぬくもりを感じた。
見たら、千佳が少しこっちに寄っていて、
俺の手を握っていた。

『二人で虹になって、橙色になりたいね』

千佳が言った。

『そしたらずぅーっと、一緒にいられる――――』

俺は答えなかった。
恥ずかしくて答えられなかった。

答えられなかったから、手を強く握り返した。
やっぱり千佳は笑った。

それで通じ合える彼女が、
双子として生まれ落ちた自分の半身が、
いつもいつも、たまらなくいとおしくて仕方がなかった。



想いはずっとひとつだった。
生まれてから片時も離れたことはなかった。

これからもずっと一緒だと、
それはきっと今際の際まで一緒だろうと、そう思ってた。

それでよかった。


そう願ってた――。






一緒に死んで、空に咲く虹になりたい――。






「千佳のバカやろ………夏まで、あと少しだったのに……」

もう虹なんて出なくていい。
一緒に願った人はもういない。
俺たちは手をつないでそこにいたけど、そこに在る事はなかった。

「答えてくれよ千佳……あの日みたいに、俺の手握り返してよ――」

もちろん答えてはくれなかった。
温もりはそこにはなくて、存在を感じられなかった。
ただ、カラダだけがそこにあった。
千佳はもういなかった。

「千佳…千佳…ごめんな。一人で逝かせて、ごめんな――」

ずっと一緒だったのに。
最期まで一緒だと信じていたのに。
生まれる時は一緒に生まれてきたのに。
先に一人で逝かせてしまった。
俺ほどじゃないけど、淋しがりだったのに。

「千佳――ちゃんと俺も逝くから……。遅れるけどちゃんと逝くから――」

握った手は冷たくて、
もちろん握り返されることなんてなかったけど、
それでも俺は信じたかった。

あの日みたいに、どこかできっと千佳は笑ってくれたって。






外は雨が降り続いていた。

一緒には逝けなかった。
2度目の夏は遠すぎた。



あぁ。それでも、俺たちは虹になれるだろうか。

ひとつきの中で無駄にイベントが起こりすぎた月が結構あって、
その月を誰でやるか絞ることができずに、物語にできなかった話が多かったのです。
だからこの散文と言う形をとりました。

雨下」あとがきでもちらっと書きましたが、
1029年6月は本当にいろいろ起こりすぎて、
あと普賢と千佳の視点でもちらほらあります。

ということで健です。ちょうど「雨下」の裏であったような状況。
……回想過多ですみません;
千佳と健は双子です。千佳が姉でした。

千佳と健より前にも双子がいたんですがその二人は一緒に死んでいったので、
あぁ彼らもきっと一緒にいけるのだ、と思っていたのに、健が遺されてしまいました。
5年前画面の前で絶叫したのを今も忘れられません(親ばか)

「虹になりたい」という今回の題はとある歌から拝借させていただきました。
勝手に健っぽいと認定してかかってるので、
散文の内容にも多少歌詞の内容を汲んでる部分があります。
検索すると多分簡単にかかると思うので興味のある方はどうぞ。
ファンの方はすみません(結構有名どころ)

お読みいただきましてありがとうございました。

2005.02.up