雨と傘と繋いだ手 - 1028.07. -

ハナムケ、なんて綺麗な言葉 きっと僕は使ってはいけない












戦果を持って帰る帰り道。
初夏の風は爽やかでやさしかった。

やり遂げたという達成感と、
終わってしまうという無力感。

上にも下にもどちらにも極端に振ることのできなかった感情は、
帰りと共に迎えてくれた母さんの笑顔で、
達成感の方にふりきることになる。

どうなるか分かってる。
分かっているけど、
それでも母さんが笑ってくれたのが本当に本当に嬉しかった。

『これで響一郎にいい報告ができるよ』

そう言って泣いたのが印象に残った。








ほんの数日しか経っていないのに、
風の温度は少しずつ変わって。
爽やかだと感じていた風には温さと湿気が混じって、
少しまとわりつく感じ。

夏というものが来るんだ、と思った。

風になでられながら、手に水桶を持って。
家の裏手に向かう。

僕を出迎えるたくさんの塚。
一人で来るのは初めて。

その中で一番遠くにある場所まで来て。
一番新しい塚と、次に新しい塚の間にかがむ。

塚の上に立てられた真新しい木片。
隣の木片に寄り添いたいように少し傾いていた。
なんだか微笑ましくて思わず笑ってしまう。

「久々に会って、そんなに寄りかかりたくなったんですか?
 もっともっと素直に過ごせばよかったのに」

言いながら塚に水をかける。
水は一瞬で土に吸われて姿を失くす。


「会えて幸せなの? 母さん」


一番新しいのは、母さんの墓。
僕らのカイナ打倒を笑って出迎えてくれた母さんは、
それを待っていたかのように数日後穏やかに息を引き取った。

『響一郎にいい報告ができるよ』

報告をしに行ったのだと思った。

カイナをどうしたところで、
今月母さんが死ぬのは知っていたけど。
でもこんなに早いなんて思ってなかった。
カイナを倒したときのこととか、母さんがいないけどたくさん頑張ったこととか、
もっともっと聞いて欲しかったし、
もっともっといろんなことを教えて欲しかったのに。

カイナ打倒の報だけ持って、母さんは響一郎さんのところへ行ってしまった。

「響一郎さん…」

隣の墓に目をやる。
まだ十分新しいと言える墓。

僕が初めて見た人を焼く炎。
母さんの涙。

響一郎さんのこと、僕もすごくすごくすきだった。
家に来る前に可愛がってくれたふくろうのお父さんも好きだったけど、
母さんと一緒に指導してくれたり、一緒に遊んでくれた響一郎さんのことも
お父さんみたいに思ってた。

「響一郎さん…もう母さんから聴いたと思うけど、
 僕、ちゃんと、カイナ、倒してきましたよ…。
 桜子さんと、千佳ちゃんと健ちゃんと4人で、
 倒してきたんだ・・・頑張ったん、だ」


『いつかカイナを倒してくれな』


響一郎さんに言われた言葉を思い出す。
撫でてくれた手はとても大きくて暖かかった。

結局僕宛の手紙が見つかることはなかったんだけど、
でもあのとき響一郎さんがくれた言葉は今でも宝物だった。
みんな家の中には父さんか母さんしかいないけど、
僕には父さんも母さんもいる。
幸せだったと思った。

一度討伐に出た以上
これから先、戦うしかない道の上で、
こうして積み上げていく小さな想い出の小石は
とてもとても大切なものになるんだと思う。
いつか戦うことの辛さにくじけそうになっても、
積み上げた小石の壁で心を守って耐えていきたい。


そう、耐えなきゃ。
僕はまだ歩き出したばかり。
頑張らなきゃ。
これから、もっともっと頑張って、
『見える』ことでみんなのことも助けたいし、

えぇと、

だから、このまま逃げたいなんて思っちゃいけない。


「きっと僕は…、ダメな子です…母さん……」


多くを望みすぎてはいけない。
叶う事のほうが少ないのだから。

望まなければ叶わないことはない。
欲しなければ裏切られることもない。

ただそれは、最初から何もないということなんだけれど。


何もかもを『見た』ところで、変えたいと望んでも叶うことなんてなかった。
変えたいと望むことほど、心の中で強い強い想いばかりで、
でもそう望むことほど叶わないことが多い。

母さんが死ぬのを知っていても、
僕は、死んで欲しくない、いて欲しいと望んで、
結果叶うこともなくてこうやって、涙をこぼすことしかできなくて。


そんな想いするくらいなら見えなければいいのに。
知ることができなければいいのに。

知らなければ、こんなに悲しむこともない。
でも知っていたから、カイナ戦で必死になれたのも事実で。

ココロの折り合いがつかなくて、
何を泣いてるのか分からない涙が止まらなかった。

もう、慰めてくれる父も母もいない。



ええと、違う。
こんなことを考えるために僕はここに来たわけじゃなくて、
違うんだけど。
カイナを倒して。
母さんが死んで。
響一郎さんに言った言葉が離れなくて。

僕はあの時まだ幼かったから、
響一郎さんに『見た』ことをいろいろ伝えてしまったけれど。

それは、本当によかったことなんだろうか。
僕の言葉は余計なもので、戸惑わせただけのものだったんじゃないだろうか。
実際響一郎さんは泣いていたし、
よかれと思ってしたことがすべてそう作用するわけじゃないのは、
こうして時間を重ねてからわかってきた話。


僕は何のためにここにいるんだろう。
僕は何のためにこんな力を持っているんだろう?


あぁ、いっそ、止められても奥義を使って、
死んでしまったほうが、よかったんだろうか。






ふと我に帰って、暑さが少しひいたと思ったら、
雨が降ってきた。
さっきまであんなに晴れていたのに。
自分のココロの中みたいに、
天気の変わりが分からなかった。

雨粒は少しずつ、でも確実に地面をぬらして、
僕が二人の墓に撒いた水のあとも分からなくしていく。
着物や髪が重く湿っていく。
濡れるのは別に構わなかった。
濡れても時間が経てば渇いてしまうものだから。

それなのに、何故雨は降るんだろう。
いくら濡らしても濡らしても、いずれは渇いてしまうのに。
渇くのなら、意味はないんじゃないのかな。


なら僕も、渇くのは別にいつでも構わないんじゃないかな・・・。


そのときだった。
不意に雨がやんだ。

「ふげん」

振り返ると待っていたのは空色の髪と目の少年。
僕に傘を傾けて佇んでいた。
そういえば母さんと佳奈さんたちって、色が、似てたんだ。

「和貴(かずたか)…どうしたのこんなところに。一人で来るものではないよ」

和貴は佳奈さんの子供。
表情は佳奈さんに似ていて、でも雰囲気は桜子さんに似ている。
期待の新職。大筒士。

さすがに背は伸びたと思うけど、まだやっぱり初陣前独特のあどけなさがあるというか。

「迎えに来た。雨降ってきたし飯だし、普賢を迎え行って来いって。」
「そう…ありがとう。でも僕まだ」
「帰るんだ!」

手が差し出される。
まだ殺すことを知らない手。
でも既にマメだらけの手。
あの筒はとても重い。ましてや一番手。
教えるほうも手探りだから、教わるほうもきっと大変なんだろう。

「いいよ。ご飯大丈夫って伝えて」
「いいから、帰るンだ! そんなに濡れてまで何をここでする必要があるってんだ!」
「考え事」

と答え終わるか終わらないか同時に、手をつかまれた。
そのまま立ち上がると彼は強引に母屋へ足を向ける。
僕も引っ張られるようにそれに続く形になる。

「飯より大事な考え事なんかあるものか。とっとと帰るぞ。食ってから考えればいい。俺も付き合う」
「え? え? 手をつないで帰るの??」
「捕まえてないとおまえ一人でどこか行きそう」

墓が遠ざかる。
結局自分のコトを考えてばかりで、
お墓参りらしいこと何もできなかったなと思った。
むしろ墓の前であんな醜態さらしてしまって、
二人に心配をかけただけなんじゃないかと思った。

今度は誰かに一緒に来てもらってきちんと墓参りをしよう…。



傘に跳ねる雨音が心地よい中を帰る。
雨で冷えてきた手をぎゅっとつかまえてくれるもうひとつの手はとても暖かかった。

「ねぇ…和貴」
「ん?」
「雨は渇いてしまうのに、どうしてこんなに何度も何度も降るんだろう。
 渇くのなら最初から降らなければいいのに。
 一時的な潤いのために、どうして雨は何度も何度も降るんだろう?」

まだ殺すことを知らないその綺麗な心は、僕の疑問になんて答えるだろう。

そう思いながらも実のところ、特に期待はしてなかった。
ただ、早く渇きたいと願う自分の心の方向を
少しでも捻じ曲げてくれる違う価値観の言葉ならなんでもよかったんだ。

「忘れられないためじゃね?」
「え…?」
「だってもう雨のたくさん降る時期は、終わったンだろ?
 だから俺晴れが続くと思ってたのに、忘れた頃にこうやって雨が降ったからなー。
 むかつく。どこにも行けやしねぇ」

ココロで、何かがカチッとはまる音がした。
考えたことがなかった。

返ってきたのは想像以上の言葉。

雨が何度も降るのは、雨という存在を忘れられないため?
覚えておいてもらうため?
思い出してもらうため…?

渇いても渇いてもなお、それでも雨という存在はあるのだと、
教えるためだっていうの…?

そんなコト考えたことなかった。
そんな風に考えたことはなかった。

つい足を止めて、空を見上げた。
灰色のかなたからやってきた雫たちは
僕の顔で一度跳ねて落ちていく。

雨は降ってきて地面を濡らす。
土に吸い込まれた雫たちには渇いていくものも多いけど、
中には植物の潤いになるものもあるだろう。
ぐるりと回って僕たちのからだに入るものもあるかもしれない。

雨には、渇く以外にも意味はある。

「普賢?」

じゃあ、いつか死ぬ僕も、
誰かに覚えてもらうために、どこかから降って来たのかな…?
最期に悲しみだけ遺して渇いていくしかできないとしても、
誰かにぶつかって、悲しみ以外の潤いを何か遺す為にここにいるのかな…?

「悪い、俺、前ばっか見てて、かさちゃんとやってなかったか?
 頬が濡れてるぞ??」

業からも力からも逃げられないなら、
せめてここにいるための理由を探そう。
逃げられない言い訳じゃなくて、
僕がここにいるための理由。

たとえば、『見た』モノを伝えたときの響一郎さんの『ありがとう』って言葉とか。
カイナ戦に必死になって帰ってきたときに迎えてくれた、母さんの笑顔とか。

今ここに捕まえてくれる手とか。

そんなものがたくさんみつかればいいなと思う。

『あまり、自分を追い詰めるなよ。』

僕が『見た』コトを伝えたとき、
響一郎さんがくれた言葉を今さら思い出した。
追い込むことは得意なんです、と心で笑った。

『みんなおまえのことが大好きだからな。』

そして、つかまれた自分の手を見て、
あぁたしかにこんな僕でも好きでいてくれる人はいるのだと、
思った。

あぁ、僕は、ここにいたい。
大切な人たちがいたこの家にいたい。

さっきまでとは、違うものが心であふれてとまらなかった。


返事がない僕を和貴が心配そうに見ているのにやっと気がついた。
さっきは強引に連れて行こうとしたけど、
今は僕の返事を待っていてくれたみたい。
うん、さっきのも、僕を想ってのやさしさだと分かってる。
君はやさしくまっすぐに、前を見ていけたらいいね。

「大丈夫だよ、和貴。ありがとう。ご飯食べよっか。」
「おう!」

僕はちゃんと笑えたようで、和貴も笑顔で答えてくれた。
さっきより心がほぐれているのが自分でもわかる。
僕はまだ、偽ることなく笑える。

「和貴来月初陣だねー。楽しみだな」
「あぁおれ来月まで留守番」
「そうなの?」
「ん。まだ筒不安だから訓練ひとつき延長だって。ちぇー」
「ふふ。君の筒を、僕もみんなも楽しみにしてるよ」
「おうよ! 任せろ!」






その日のご飯はとても美味しかったんだけど、
結局僕は次の日風邪を引いてしまって。
だから言っただろ!と和貴にこっぴどく怒られて。

あぁでもおいしいご飯も、怒られたことも、雨に濡れたことさえも。
僕の中の大切な大切な思い出。
壊れそうな心を支えてくれる大切な小石。



大丈夫。
落胆するにはまだ早い。
きっと僕にもこの家にも、理由があるんだから。

絶望するのは、本当の理由が見つかってからでもいい。


それまではなるべく笑っていよう。
僕が僕を好きになることはきっとずっとないけれど、
大切な人のために笑っていよう。



僕という『存在』が渇いてしまうまでは。

「君への言葉」のを受けての話です。

普賢は特殊な設定持ちなのを見ても明らかなんですが、自分の中でかなりお気に入りの子で、
散文のネタも量もかなりのモノがある子です。
現に現時点で一番出ずっぱりなのが彼だと思います。

管理人の私情はさておき、普賢の心の闇とか書いてみたかったんですが、
思った以上に病んだ感じになりました。
実際彼はここまでの時点で一度精神的に潰れていて、以降も引きずりながら頑張って上を向こうとしている感じです。
彼をせいいっぱい引っ張ったのが年下の和貴だったのではないかと思います。同性の強み!
二人のイメージとしてはしぼみかけなのにどこかに飛んで行こうとしちゃう風船とその風船の紐を必死につかんで離さない子供です。
普賢はすぐ上に健という男子がいますけど、健は双子の片割れの千佳のことばっかり見てたので(笑)、
普賢のこと可愛がってたとは思うけど、和貴みたいにいきなり近くにぽんと行くことはなかったのではないかと思います。

ここから「雨下」や「僕らが辿るその先は」などに繋がります。
「雨下」は一番最初にあげた散文なので、なんだか原点に立ち返った気分になりました。
普賢に関しては出るたび特殊な雰囲気になるのはわかってるんですが、
まだまだこれからも文がぽこぽこ沸くと思います。そのときはまた見ていただけたらと思います

ご覧いただきましてありがとうございました。

201409.up